トピックスInformation

2026.06.18

ニスコ進学スクール 平岡中央教室

切れ者の生き方に学ぼう⑦ ~英語塾を開いた切れ者大将 井上成美~

テスト対策がひと段落、平岡中央教室担当小中谷です。

 

さて本日の切れ者は、最後の海軍大将、戦後は英語塾を開いた切れ者、井上成美(いのうえしげよし)を紹介します。

 

  • 井上成美(1889~1975)

太平洋戦争中、英語は敵国の言語であるとして使用を禁止されていました。しかし、井上は戦後世界を見据えて、英語教育は必要であると考え、英語の教育を続けました。

 

井上成美の大変興味深いエピソードがこちらです。

 

1939年第2次世界大戦が勃発、日本はドイツの勢いを見て、ドイツと同盟を結ぼうと世論がわき立ちます。ドイツと手を組もう、という声は海軍の中でも多く、ヒトラーの『マイン・カンプ』(邦題『我が闘争』)に触発され、鼻息が荒かったのです。しかし、井上は冷静でした。海軍の軍人たちが読んでいた『マイン・カンプ』は原書の一部訳で、肝心な内容が抜け落ちていたのです(ヒトラーの日本観、ちょっとここでは文字にしたくないので割愛します)。

 

井上は鼻息の荒い軍人たちの前で、『マイン・カンプ』の原書、ヒトラーの日本観をドイツ語で朗々と読み始めます。そんな内容は書かれていません、軍人たちは慌てますが、井上が所有しているのは原書ですから説得力が違います。

 

開戦後、井上は前線の指揮を一度とりましたが、日本本土に戻ったあと、海軍学校の校長になり、先ほども書きましたとおり、禁止されていた英語の教育を続けました。

戦後世界を見据えて...。

 

敗戦後は、神奈川県横須賀市で英語の塾を開き、こどもたちに英語を教え、1975年に生涯を終えます。

 

〔今回の教訓:耳心地のよい情報は原典をたどり、たしかめる

 

 私が井上成美を知ったきっかけは一本の映画でした。その中で井上成美を演じていた俳優さんが柳葉敏郎さん。そこからどんな人物なのか興味を持って調べましたとこ

ろ、戦後は英語の塾を開き、こどもたちに英語を教えていたことを知りました。板書写真を見ましたが、きれいな筆記体。今回、英語講師の端くれである私の「人生の先輩の一人」を紹介させていただきました。

 

切れ者シリーズも第7弾、次はだれにしましょうか...。リクエスト、お待ちしております。

 

【おわりに】

夏期講習会はすでに問い合わせ、申し込みもいただいております。

 

ただいま、授業無料体験も承っております。平岡地区、北野地区のみなさん、

お問い合わせ、お待ちしています!ニスコでぐんぐん伸びましょう!

2.png

見えづらい方はこちら

2026年夏期講習会概要

Category

ニスコグループからのお知らせ

教室からのお知らせエリア別教室

  • 札幌市
  • 道内

contactお問い合わせ

受付時間 月曜~土曜 10:00~22:00